走る駅鉄各駅停車

                                                                                

                          JR水郡線 常陸太田支線  (水戸鐵道)

 

                                        後編       上菅谷駅 ~水戸駅

 

 

  棚倉街道に戻って200m程行った左側に「不動院大聖寺」があるのでお参りする。応永29年(1422)創建。寛文13年(1673)に水戸光圀公の命により照慶法師を中興開山とし再興された。推定樹齢600年の県指定天然記念物の「カヤ」の巨木と300年以上の市指定天然記念物の「イチョウ」がある。

 

不動院のカヤの巨木。近くで見るとすごい!

 

 線路と並行して走る棚倉街道31号を1km南下して右折すると「中菅谷駅」がある。

 

7.中菅谷駅  なかすがや

 単式ホーム1面1線。駅舎もトイレもないシンプルな駅だ。

駅全景。

入り口はスロープになっています。

水戸方面。屋根付きベンチが並んで二つありました。

常陸太田方面、駅名標。

 

 再び棚倉街道に戻って1.3km南下すると「下菅谷駅」がある。

 

8.下菅谷駅  しもすがや

 相対式ホーム2面2線。西側下り線ホームに、何とも素敵な木造の駅舎があり、東側上り線ホームには待合ベンチがある。上下線ホームは立派な跨線橋で連絡している。

 漸く駅鉄を満足させてくれる駅舎が現れた! 改札口、待合室共に良い感じだ。近代的な駅舎も良いけれど、歴史の重みが感じられる駅舎は素晴らしい。

駅舎全景。良い感じです。

待合室側から見た改札口

ホーム側から見た改札口。鉄柵がいい。

上り線ホームから見た駅舎

立派な跨線橋です。駅舎との対比がすごい。

跨線橋の上から見た水戸方面

常陸太田方面

 

 再び線路と並行して走る棚倉街道を1.3kmほど南下して左折すると「後台駅」がある。

 

9.後台駅  ごだい

 単式ホーム1面1線。駅の西側は田んぼが広がっていて、駅周辺に店舗などはないが、駅の西側1km程の所に県立那珂高校、県立水戸農業高校、県立茨城学園、茨城女子短期大学などの学校が纏められて数校存在する。学生の利用が多い駅とみえて自転車置き場が凄いことになっている。整備された公衆トイレもあり、乗客送迎用駐車場もある。また、他の駅にはなかったアイスクリームの自販機がホーム上に設置されていた。少年少女のほとんどはアイスクリームが大好きだ。思いのほか活気のある駅のようだ。

駅全景。

水戸方面

常陸太田方面

アイスクリームの自販機がありました。ベンチも3カ所あります。

駅名標。この後ろ側が自転車置き場です。

自転車置き場。駅と学校の往復に利用するのでしょう。

日曜日だからか凄い台数がありました。

 

 再び棚倉街道を進んで2.5kmほど行き、那珂バイパス349号をくぐって東に300m行き、坂を登ると「常陸津田駅」がある。

 

10.常陸津田駅  ひたちつだ

 単式ホーム1面1線。小高いところに位置しているので、駅の南側は見晴らしが良い。北側は右に湾曲しているため、ホーム上にホーム確認モニターが設置されている。駅入り口脇に小さな踏切があるが、3分と置かずにクルマが通過するので驚いた。また、駅出入口のすぐ近くに水戸市、那珂市、ひたちなか市の境界点がある。

駅全景。

 ベンチ、駅名標

水戸方面

常陸太田方面

 

 線路沿いの道を2.3km行くと「常陸青柳駅」がある。

 

11.常陸青柳駅  ひたちあおやぎ

 島式ホーム1面2線。水戸駅から一つ目の駅で、ここで上下線の交換が行われる。明治30年開業の古参駅だが、ホーム上に屋根、風避けの付いたベンチがあるだけで駅舎は無い。

繁華な水戸市街地の様相は全く感じられないロケーションの駅だ。「川向こう」とはよく言ったものだ。

 駅全景。

 駅入り口。鳥居のような看板が珍しい。

水戸方面、駅名標。

常陸太田方面、ベンチ。

 

 駅から南に進んで市毛水戸線232号の水府橋で那珂川を渡って、水戸城の掘り割りを抜けると水戸市街地に入るが、大手門下に自転車を駐めてお城を見学することにした。

 水戸城は中世初頭に常陸平氏一族の馬場氏が居館を構えたことに始まる。応永33年(1426)江戸氏が城主となり、天正18年(1590)には佐竹氏が城主となった。江戸時代に入って慶長14年(1609)には徳川家康の11男頼房(よりふさ)が水戸城主となり、以後、明治4年(1871)に廃城となるまで水戸徳川家がこの地を治めた。

三の丸にある戦火を免れた藩校「弘道館」の正門

二の丸と三の丸の間の掘り割りに架かる大手橋

大手橋から見た掘り割り。水戸市街方面

上の写真の反対側、大手橋から見た那珂川方面

 

 明治期に二の丸と三の丸の間の堀は県道232号市毛水戸線の道路用地になり、本丸と二の丸の間の堀はJR水郡線の鉄道用地となった。三の丸には水戸藩の藩校であった弘道館が現存しており、弘道館の西側には旧茨城県庁舎が建っている。しかし、本丸、二の丸の跡地のほとんどが学校用地となったので基本的に観光客の立ち入りはできない。

水郡線が通る本丸、二の丸間の掘り割り。水戸市街地方面

上の写真の反対側、掘り割りを抜ける水郡線。那珂川方面。

本丸跡(水戸第一高校)に現存する薬医門

水戸城の透し地図。掘り割りが道路、鉄道に利用されたことがよくわかります。

 

 本丸の薬医門から二の丸の角櫓、彰考館、三の丸の弘道館まで、しっかり観光できたのでJR水郡線の始点駅「水戸駅」に向かうことにする。

 

12.水戸駅  みと

 明治22年(1889)初代水戸鐵道(水戸~小山)の終着駅として開業。明治25年(1892)日本鉄道に譲渡され、初代水戸鐵道はこの時点で消滅した。明治30年(1897)太田鐵道線(水戸~太田)の水戸駅が開業。明治35年(1902)太田鐵道が2代目水戸鉄道に営業を譲渡。初代水戸鐵道(水戸~小山)と2代目水戸鉄道(太田鉄道)とは、名前は同じだが資本などの関係はないようだ。

 明治39年(1906)日本鉄道が国有化され、官設鉄道所属の駅となる。昭和2年(1927)には2代目水戸鉄道も国有化される。戦後、昭和24年(1949)日本国有鉄道が発足。昭和60年(1985)鹿島臨海鉄道大洗鹿島線開業、水戸駅に乗り入れる。昭和62年(1987)国鉄民営化でJR東日本の駅となる。

黄門様、助さん、格さん、梅の花がお出迎え。

 茨城県を代表する都市の駅だけあって、南北両出入口に駅ビルがあり大都会の様相を呈している。島式ホーム4面8線、常磐線、水戸線は3~7番ホームを使用し、水郡線は1、2番線を使用、大洗鹿島線は8番ホームを使用している。(JR貨物の設備は旅客ホームから1kmほど西側にある。)橋上駅舎がありJR東日本と鹿島臨海鉄道は改札を共用、鹿島臨海鉄道の改札業務はJR東日本に委託している。令和6年度の1日平均乗車人員は27,218人である。

2番線に停車中のE130 。左奥は常磐線の電車です。

整然としたな車内

清潔で広いトイレ

駅名標と時代を感じる広告看板。

常磐線は右に、水郡線は左に進みます。

 

 水戸駅周辺には「水戸城」「偕楽園」など水戸藩に関する史跡、名所も多く、公共施設、商業施設、宿泊施設も多い。平成2年(1990)に開館した現代芸術の複合文化施設「水戸芸術館」のシンボルタワーは水戸市のランドマークとなっている。

 偕楽園や、かつての城下町は以前、散策しているので、遅めの昼食を摂ってから帰路についた。                                                       2026.3.15