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                                                                      ひたちなか海浜鉄道 湊線 前編 

                   勝田駅 ~ 那珂湊駅

 

 ひたちなか海浜鉄道は、大正2年(1913)、湊鉄道により勝田駅~那珂湊駅間が開業した。昭和3年(1928)に阿字ヶ浦駅まで延伸し、昭和19年(1944)県内交通統合により茨城鉄道などと合併し「茨城交通湊線」となった。時代の荒波を乗り越えて90年以上走り続けていたが、平成17年(2005)、会社はひたちなか市に対して経営不振による廃線の意向を示した。

 そこで平成19年(2007)、県知事、市長、茨城交通社長が会談し、市と同社が出資する第三セクター方式の別会社を設立して同線を存続させることなどが討議、決定され、翌平成20年(2008)、湊線は茨城交通から発足した「ひたちなか海浜鉄道」に移管された。

  湊線は地元の支援も厚く、第三セクター移行後の実績は徐々に回復していき、平成29年(2017)には平成9年(1997)度以来、20年ぶりとなる利用者100万人台に到達し、令和5年の利用者数は116万8千人と右肩上がりとなっている。

 さらに発展は続く。阿字ヶ浦駅から「国営ひたち海浜公園」西口付近までの延伸を計画し、令和2年(2020)国土交通省に事業許可申請を提出した。国営ひたち海浜公園は年間約200万人が訪れる人気観光地だ。

 翌年延伸事業は認可され、令和6年度に延伸部が開業予定だったが、コロナ禍、資材高騰などにより工事は延期されている。延伸3.1kmの総事業費は126億円余りになる見込みで、当初の事業費78億円を大幅に上回っている。そこで阿字ヶ浦駅から公園の南口付近までの1.4キロを59億円ほどかけて第一期工事を行い、6年後の2030年春に先行開業させる方針だ。その後、第二期工事として当初の計画にあった大型商業施設が隣接する海浜公園西口付近までの1.7キロの区間も整備する方針だ。

 鉄道の延伸計画は、厳しい経営が続く地方鉄道では極めて異例のことだ。昨年度は全国の地方鉄道95社のうち85社で事業が赤字となっている。そのような状況下で黒字V回復、さらに延伸認可とは!ひたちなか海浜鉄道は奇跡の鉄道だ。

 現在の湊線の路線は、営業距離14.3km、駅数11駅(起終点駅含む)、全線単線非電化、全列車ワンマン運転。JR線との乗り継ぎ駅である勝田駅と、本社のある那珂湊駅は有人駅で改札があるが、それ以外は車内精算となる。列車交換は原則、那珂湊駅で行われ、区間列車の交換は金上駅で行われる。車両基地は那珂湊駅にあり、終点の阿字ヶ浦駅での夜間滞泊は行われない。

 車両はキハ2000、キハ3710などが主力車両だが、国営ひたち海浜公園方面への延伸を見据えて令和6年7月、JR東日本から東北地方の大船渡線と北上線を走る「キハ100形」を3両購入。このうち1両は観光列車として走らせる予定だ。

 

上野東照宮

 9月の連休、上野駅9時発の特急ひたちは満席で、次の特急ときわに乗るまで1時間以上待ち時間があったが、お彼岸連休だから混んでいてもしょうがないと納得、久しぶりに上野公園をのんびり散歩した。10:47勝田駅に到着。早速「ひたちなか海浜鉄道湊線」の改札に行き、1日フリー切符を購入しようと思い、国営ひたち海浜公園の入場券付きを頼むと、優しい駅員さんが「今日は大きな音楽コンサートをやっていて、ものすごい人出ですよ。」と教えてくれた。公園に行くことは諦め、入場券無しのフリー切符を購入した。

 ひたち海浜公園では9月14~23日の5日間、「ロックインジャパンフェスティバル2024」が開催されていた。総観客数27万人、一日平均5万5千人の観客が39組のミュージシャンの演奏を体感しに来ていたのだ。東京ドームのライブ観客数が35,000~50.000人だから東京ドーム満席より多い数の人間が今日も来ていることになる。恐ろしい。終点の阿字ヶ浦駅からは1.4km、徒歩15分ほどだが、今日はとても近寄る気になれない。教えてくれた駅員さんに感謝です。

 

1.勝田駅  かつた

 ひたちなか海浜鉄道湊線が発着する1番線は、JR常磐線の2番線の一部を切り欠いて設けられていて、2番線との間には段差があり柵が設置されている。頭端式ホーム1面1線。

ここが入り口。右はJR常磐線のホームです。

JRのホーム側から見た改札口。小さな駅舎。

湊線のホーム側から見た改札口。

駅名標。右は社票。

左手のJRのホームとは高低差があります。

湊線のホームから見たJR常磐線の特急列車。かっこいい。

キハ3710が入って来ました。

運転手さんが交代して、折り返し運転です。

 線路沿いに1kmほど進むと、こんもりとした林の中に「工機前駅」が現れた。

 

2.工機前駅  こうきまえ

 単式ホーム1面1線の無人駅。昭和37年(1962)隣接する「日立工機」(現・工機ホールディングス)の従業員の専用駅として作られたが、平成21年(2009)より全列車の停車駅となった。

 

駅が見えてきました。

小さな待合室があります。

ホーム上に自販機があります。

看板表示が無かったら駅があるとは思えません。

勝田方面。夏草繁るホーム。

阿字ヶ浦方面。

駅名標。ドリル、ノコギリ。

道を渡れば日立工機の工場です。

 道を挟んで南側には「工機ホールディングス」の工場がある。広大な敷地だ。日立工機従業員は、マイカー通勤への移行が進んでいるが、近隣住民の利用で駅の年間乗車人員は増加傾向にある。

 再び線路沿いに1kmほど進むと「金上駅」が右手に見えてくる。近づいて行くと、なぜかホーム上にゴミが山積みになっているのが見える。「言い切れば芸術」ってやつかぁ?

 

3.金上駅  かねがね

 島式ホーム一面2線の無人駅。那珂湊駅とここで上下線の列車交換が行われる。最寄りの陸上自衛隊勝田駐屯地は市内有数の桜の名所だ。

ホーム上にゴミ?の山が・・・

2010年に新しくなった駅舎。スッキリ。

阿字ヶ浦方面。

勝田方面。

駅名標。桜、戦車。

上り列車がやって来ました。痛車です。

 ルート38号那珂湊那珂線を3kmほど進んでガソリンスタンドを過ぎたら左折して500mほど行って坂を下ると「中根駅」がある。何とも素敵な雰囲気でワクワクした。

 

4.中根駅  なかね

 単式ホーム1面1線。かつては相対ホーム2面2線で列車交換も行っていたが、昭和46年(1971)山側の複線が撤去されて単式になった。駅の東側は広大な田んぼが広がり、すばらしいロケーションだ。遠くに国道245号が見渡せ、下り列車は中丸川沿いに田んぼの中を進んで行く。ホーム上には花壇があり周辺の清掃も行き届いている気持ち良い駅だ。

踏切から見た駅全景。

待合室も良い雰囲気です。

阿字ヶ浦方面。広大です。

勝田方面。緑が綺麗です。

 駅名標。太刀、前方後円墳。

ホームは日々草の花盛り。

下り列車が来ました。

田んぼの中を走り去って行きます。

ヒガンバナ。今日はお彼岸です。

田んぼが広がっていて気持ちいい。

 ここから1km北東に、七世紀初めに造られた前方後円墳「虎塚古墳」がある。東日本を代表する装飾古墳で、隣接する「ひたちなか市埋蔵文化財調査センター」で内部のレプリカを見ることができる。また、近くには東日本最大級の横穴墓群(500基以上ある)の県指定史跡「十五郎穴横穴群」も有る。見に行きたいが時間の関係で次回に譲ることにした。

 再びルート38号に戻って2kmほど走って中丸川を越えたらすぐに左折すると、国道245号の陸橋の真下に「高田の鉄橋駅」が窮屈そうにある。

 

5.高田の鉄橋駅  たかだのてっきょう

 平成26年(2014)に開業した新しい駅。単式ホーム1面1線。駅の真上の陸橋が「高田の鉄橋」ではなく、駅のとなりを流れる「中丸川」に架かる鉄道の橋梁、「中丸川橋」が地元で高田の鉄橋と呼ばれているのでこの駅名になったそうだ。それにしても凄い所に駅を造ったものだ。10年前に新しくできたといった感じは全くない。駅舎はなくホーム上に屋根付きの待合所があるだけだが、大きな陸橋の下にあるのでこの屋根がなくても雨で濡れることはないと思うのだが・・。

 

陸橋の下に何かあります。

もしかして・・・駅だ。

駅がありました。

カワイイ駅名標です。

阿字ヶ浦方面。

勝田方面。踏切のすぐ隣に鉄橋があります。

これが高田の鉄橋です。

ホーム上には大きな陸橋。しかし駅名の高田の鉄橋ではありません。

屋根付きの待合所

きれいなベンチ。時計もあります。

 線路沿いの細い道を700mほど行くと那珂湊環状線の踏切があるので、右折して500mほど行って左折すると「那珂湊反射炉跡」がある。

 反射炉とは大型の金属溶解炉のことで、従来の銅製に変えて鉄製大砲鋳造の必要性を痛感した水戸藩の徳川斉昭(なりあき)(最後の将軍、徳川慶喜(よしのぶ)の父)によって安政年間(1854~1864)に2基建造された。この2基の反射炉でモルチール砲、カノン砲を10~20基ほど鋳造したが、元治元年(1864)の天狗党の乱の際に破壊されてしまった。わずか10年の命だった。

 やがて70年経って復元の動きが起こり、篤志家によって昭和12年(1937)にほぼ原形どおりに復元さた。わが国初の洋式高炉の建設および、高度な耐火煉瓦開発製造の成功は、日本近代製鉄史上重要な意義をもつ出来事だ。ちなみに幕府に献上された大砲は、東京都小金井市の「江戸東京博物館たてもの園」で見ることができる。

美しく復元された2基の反射炉。

 ここで鋳造された大砲のレプリカがありました。

 反射炉から300mほど東に行けば「那珂湊駅」だが、駅の西側にある車両基地に行けば古い気動車を見ることができるので、駅の勝田寄りの踏切を越えて駅の北側に向かう。当然、敷地内には入れないので柵越しに眺めた。構内に入って写真撮影をしているグループがあったが、何でも予約制と言うことで、当たり前のことだが当日参加はできないとのこと。駅の阿字ヶ浦寄りの踏切を渡って駅前広場に出た。

 

踏切から見た車両基地

日本初のステンレス製気動車。ケハ600形

 

6.那珂湊駅  なかみなと

 「関東の駅百選」に選定されたこの地域を代表する駅。湊線の車両基地があり、上下線交換、車両の夜間滞泊はここで行われる。単式、島式ホーム2面3線だが、島式ホームの南側の路線は車両留置に使われているので、通常の使用は2面2線だ。終日有人駅だがホームへの立ち入りは列車到着5分前から発車後までに限定され、改札のドアは閉鎖されてしまう。ただし入場券での入場はOKとのこと、1日乗車券を見せて入れてもらった。

 

本拠地の駅です。ここで路線は90度方向転換します。

基本的な造りの駅舎。

待合室側から見た改札口。

ホームから見た改札口。ドアが閉まっています。

引退予定のミキ300形が停まっていました。

下り線 島式ホームの待合ベンチ。列車はホームの向こう側に入線します。

阿字ヶ浦方面。左に90度カーブします。

勝田方面。右手は車両基地です。

2代目駅猫ミニさむには会えませんでした。

引退予定のキハ20形の撮影会。

 

 勝田駅から那珂湊駅までの前半を巡りました。ここから終着駅の阿字ヶ浦駅までは、「ひたちなか海浜鉄道湊線」後編をご覧下さい。